ツバメには6つの亜種がいます。亜種というのは種のさらに下の区分で、亜種同士は生物としては繁殖可能なので異なる種(ツバメとイワツバメなど)ほど遺伝的には離れていません。しかし、亜種同士では互いの生息地が地理的に隔離されているなどの理由で交雑が起こらないために、異なる亜種では異なる形態や行動が進化してきています。図のように、各地のツバメ亜種は羽色が違っていて(ロシアの亜種はアカハラツバメと呼ばれていますね)、さらに行動にも違いが見られます。
そうした行動の違いのひとつに、営巣場所や営巣数があります。ツバメはルースコロニーと呼ばれるゆるやかな集まりで営巣しますが、このルース(ゆるい)さの程度が地域によりちがっているようです。
世界中のツバメを調べている、米国の研究者のElizabeth Scordato さんに教えてもらったのですが、アメリカ亜種(erythrogaster)とロシア亜種(tytleri)は営巣の習性が似ていて、どちらも納屋のような建造物や、橋の下、トンネル状の水路の壁などに密集して営巣することを好み、わりと巣の間隔が狭く(あいだに仕切りなしで1メートル以下の場合もある)、日本のように単独の巣を作ることは希だそうです。それに比べるとヨーロッパ亜種(rustica)は単独の巣作りは希なものの、あまり大きな集団にもならないそうです。一般的なのはご近所に数個から十数個の巣があることで、例えば、1軒の家や物置に1~2個の巣があり、さらに近隣の家々にも巣があるというケースで、日本のツバメよりは集団性が強いですが、アメリカやロシアほどではないようです。ただし、ヨーロッパ亜種は分布が広く、地域により習性はさまざまかもしれないということです。最後に日本を含むアジアの亜種(gutturalis)ですが、ご存じのように単独(一軒にひとつ)の巣を作ることが多く、それでも近隣には他のツバメの巣があり、ゆるやかな集団を形成しています。そして人通りが多い施設には多くのツバメが集まって営巣します。人がいる場所を好むのもアジア亜種の特徴で、多くの場合は人が住む母屋に巣を作りますが、他の3つの亜種は無人の建物にもよく営巣します。
図の点線の矢印は、DNAから調べたツバメの亜種の分化の順序を表しています。祖先はアフリカや中東の亜種ですが、そこからヨーロッパ亜種が分化して、そこからアジア亜種、アメリカ亜種、ロシア亜種という順序で分化が起きました。遺伝的に近い亜種は行動も似ているんですね。ツバメは新しい地域に進出すると、その土地の文化や産業の影響を受けた建物の形や密度といった人間の暮らし方に合わせて、ツバメ自身の習性も変えてきたのかもしれません。(神山和夫)
CC By 4.0 Elizabeth Scordato and Rebecca J Safran